福井市 武周が池

今回は、福井市の山側にある地へ赴きます。

 

伝説の地は武周が池です。

福井では、知ってる人は知っている。ような話だと思います。

福井の民話やら昔話やらの本に、頻繁に載っていますからね。

自然歩道があるようですね。相当な距離でしょう。

この歩道を少し行けば、神社があるようなので、そこまで行きます。神社まではそう遠くないはず・・・。(ちょっと、獣たちが出そうで怖いけど)

 

昔何かに使っていたんでしょうか。それとも今も使っている?

 

 

とりあえず、行きましょうか。

 

この武周が池、めちゃくちゃ広いです。

お話「武周が池」

昔、ある人が福井からの帰りに漆が淵のあたりを通りかかると、若い女がたっていた。雨が降る日であるにも関わらず、紙つきのぞうりを履いているので、怪しいと思った。娘は武周へ行く道を教えてくれと言う。男は「おれの在所は武周だから連れて行ってやろう」といった。

この女は大滝周防守(すおうのかみ)の娘であった。わきの下に鱗がはえてきたので、大蛇になるため漆が淵に来たが、気に入らなかったので、武周が池に行くことにしたのだ。

武周に着くと娘は、「おんさん、私がここに来たことは、誰にも言わずにおいてくれ。そしたら毎日鯉一匹と銭二十文をかいど(表の道)の岩の上におくから。もし言えば七代たたる。」と言った。

それから男は毎日魚と金を得て、裕福になった。在所の者はそねんで、わけを知りたがった。特に女房が知りたがって、しつこく尋ねた。あまりにやかましいので、ついに女房に話した。すると、一晩のうちに地面が落ちて、彼の家あたりは池になった。今でも武周が池の中にそのときの岩がある。

 

神社に着きました。

一代はこのようにして死んだ。二代目は亀が流れてきたのを取りに行って、逆に亀に取られて死んだ。三代目は流木を拾いに行って死んだ。

武周が池に発電所ができた時、堤防を造る石を舟で運んだ。ある日、石を運搬する人夫が休んだので、村の人が人足に出た。5月24日のこと。すると、突然大きなひょうが降り、大波が起こって、舟がひっくりかえった。村の人は水に沈んで浮き上がらない。いかりをつけて水底を引っ張ったら、着ていたドミノだけが上がったが、人は上がらなかった。調べてみると、死んだ人は先の男の血統の人であった。

と。

 

他にも 、書物によっていろんな内容がありますので、違いを探してみるのもいいかもしれませんね。

岩の間に社が。

森厳。

まさに、自然と同化した社。祀られている存在も蛇ですからね。

ちゃんと神社の由来が書いてある説明板もあります。

 

 

やっぱり、池は蛇の伝説が多いんですかね。

なかなか雰囲気ある場所ですよ。

 

さっきの始発点。

こう見ると、結構歩いたようです。

池まで下りれるところが所々あって、釣りしてる人も2人くらいいました。

 

 

夜叉ヶ池の場合もそうですが、人と人ではないものの境目にいるような存在?って、人が持つような意志もしっかりと持っていて、そういったものが実際に祀られているというのは、不思議というか神秘的というか。また、実際にその場所に行くと、「ああ、ここにいるんだな。」という、日常では味わえない、何とも言えない気持ちになります。

また、こういう話って、少し悲しさがあったりするんですよね。

たしか、この武周が池の伝説。別の伝承では、この記事に書いたようなあっさりとした内容ではないものもあったはず。

 

まあ、言い伝えですからね。

 

 

 

 

 

まだ少し書いておきたいことがあるんですが、長くなったので「人里枠」として別の記事に書いておきますね。

こちらの記事は、「福井市 武周が池」の派生記事です。 先に、一度上のこちら↑の記事を見ていただけると幸いです。     ...

 

 

それでは、この記事はここまで。

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