福井市 那谷観音の跡

 

  どうも、今回は少しいつもと違う感じになります。    というのも、以前「四ツ井」地区訪問記事で「四ツ井」だか「四ツ居...

 

 

 

四ツ居村はもとは福井城のあたりだった。築城の際、今の地に移された。
「四ツ居」 とは四つのすぐれた井戸があったからこの名となっており、もとは「四ツ井」であった。
四つの井戸とは、本丸の福の井、二の丸、お花畠、中島常福坊の井である。

 

 

 

 

 

はい。

というわけで、福井市にある米松、四ツ井です。

まあ、もう村の面影はないですけど。

福井県の指折りのショッピングセンター、パリオ

都会ですね。

 

では、今回はこのパリオに拠点を置き、米松、四ツ井を攻めていきたいと思います。

 

 

パリオ内で買うもの買って出かけましょう。

いきなり、裏に回り込みます。ちょっと大きい通りがあります。

この通りの側溝のブロックが桜です。はげてるけど。

この通り、さくら通りです。道のサイドには桜の木が植えてありますね。春来ればよかったかな。

8号線に出る前に、小さい小道へ入る場所があります。ここに入りましょう。

 

すると、畑みたいなところがあってですね。その中に。

八幡神社があるんですね。横の畑も境内でしょうかね。

 

 

で、ここが伝説の残る場所で、石川県に那谷寺ってありますよね。あそこにある観音さんの元いた場所がここら辺らしいんです。ほんとかどうかは知りませんよ。あくまで伝説ですからね。

伝説

那谷観音の跡

米松の東に古堂様というのがある。朝倉義景の頃に吉川久太夫という人が住んでいた。朝倉が滅びたとき太夫も死んだ。その時、かねてこの地に勧請した観音をその院の別當の小角小兵衛に託して加賀の那谷に匿させた。それが有名な那谷の観音である。その當時記念として残した一體をこの地に祀ったのを古堂様という。

 (福井県の伝説)

 

もう一度言います。 ほんとかどうかは知りません 。

一応、石標の後ろにも書いてあります。

 

というか、どうとらえればいい話かもむずかしいところなんですよね。

那谷観音自体がもとはこの地にあったということを言っているのか。はたまた、この地にあった観音を那谷観音のある地に隠させたということをいっているのか。

那谷寺を調べると、717年に創建と書いてあるので、朝倉が滅んだ時代とはだいぶ違うし、たぶん後者なんじゃないかと。勝手に思ってます。

ちゃんと調べればわかるとは思いますが、どこをどう調べればいいのか。

それに自分は福井の魅力を発見することが目的。「こういうところがあるよ」って。あまり深く掘り下げすぎると、研究になっちゃって目的が逸れてしまいますからね。

 

 

 

いや、言い訳です・・・。はい・・・。本当はとても知りたい。でも限界なんだ・・・。

 

横に咲いてるお花でも見て気分転換しましょ。

 

 

 

 

それじゃあ、一旦区切ります。

次はこの続きから・・・。

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