若狭町 松の丸寄進の寺 若狭観音霊場第8番札所「弘誓寺」

 

突然ですが、若狭国へ入りました。

その若狭国らしい寺院が今回訪れた所、

「弘誓寺」であります。

 

 

松の丸(京極竜子)っていう戦国時代の女の人が深くかかわっている寺院らしいですよ。

 

その前にやけに古そうな神社があったので、そっちを先に・・・。

 

 

この神社も弘誓寺と同じ敷地内なんでしょうかねこれ。広いですね~。

左が神社。右が弘誓寺の仁王門。

 

神社へ。

凄い立派じゃないですか。

 

挨拶。

 

 

さて、弘誓寺へ。

写真の撮り方が下手すぎる・・・。立派なんですよホントは・・・。

 

いらっしゃいますね。金剛力士さんが・・・。

町指定文化財だそうで。

 

このやけに大きなわらじは、このお二方の物ですかね。

 

 

なかへ。

 

あっそうだ、松の丸って方、知ってますか?

失礼ながら私はこのお寺のことを知るまで、その方のことは存じ上げませんでした。

どうやら京極 高吉って人の娘だそうです。まあ、その人のことも知らなかったんだけどね・・・。

 

でも、「京極」ってなんか聞いたことあるなー、って思ったら、

小浜城の「京極高次」がこの「京極高吉」の息子であり、「松の丸(竜子)」さんのブラザーであるらしいですね。

 

若狭国ですね~。

 

んでこの「松の丸」さん。

・一人目の夫が「武田元明」。この人、朝倉の一乗谷に住んでいたこともあるらしい。武田元明本能寺の変後に「あけっつぁま(明智光秀さん)」の味方について、やられてしまったらしい。

・そのことがあって「豊臣秀吉」の側室になる。二人目の夫、秀吉さん。

・叔父が浅井長政

 

(詳しくは調べてください。)

という感じで戦国時代に深くかかわった方の奥さんなんですねぇ。(本人もね)

 

「麒麟がくる」もやってますからね。

 

ひょっとしたら・・・。

いや、余計なことは言わない方がいいね。 

 

 

西国三十三所石観世音とな。

 

ずらり。

 

覆堂。

 

観音堂。

この観音堂が「松の丸」さんの寄進金で建立されたものらしいです。

元明との間に授かった二男・源治郎を弘誓寺に隠匿して養育させたと伝えられ、この寺を祈願寺としました。(広報わかさ 1 月号より)

らしいです。 (詳しくは調べてください。)

 

その後ろにあるのが本堂。

やけに新しいのは平成19年に建てられたかららしいです。

 

 

いやー、勉強になるね。

まあ、私が知らなすぎるだけなのかもしれないけど。

 

 

さあ、満足してもう行こうとしたら。

「文化財を大切にしましょう」の看板がなぎ倒されているのがなんとも・・・。

 

 

まあ、そんなわけで「弘誓寺」でした。

記録終了。

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