勝山市 滝波のお面さん祭り 2月11日

2月11日。

勝山市滝波町の滝波町ふれあい会館。

お面さん祭りが行われました。

会館内で行うとのことだったので、勝手に入っていいのかな?とも思ったんですが、もうこうなったら勢いだ!と思い勝手に入らせていただきました。

 

伝説「お面様」

 滝波にお面様と称する面が三つある。滝波区長が保管し、毎年二月十一日(むかしは旧暦正月十一日)に床(とこ)の上に安置して、区民は一室をへだててはるかに拝観した。区内にお面田があり、八十刈りの収納をもって、区民は当日おみきをささげ、生大根の輪二切れにて、その酒を飲む。
 拝観のとき、お面の相が円満ならば、その年は豊作、こわい顔の年は凶作である。
 この仮面は、もと平泉寺の宝物であった。天正三年(1557)四月十四日中島・北島・小原の一揆(いっき)が、平泉寺のうしろの剣の尾から平泉寺を襲い、面を奪った。その後小原の子どもがおもちゃにしていたところ、悪い病気がはやり、火事などが起こったので、滝波川へ捨てた。天正十五年正月十一日滝波村の長が拾いあげて、あがめ祭った。するといろいろめでたいことがあった。
 百年以前(享保四年から数えて)から田畑をささげて、奉仕した。近代になって地頭(藩主)がしいて面を見たところ、六月に寒雨のおそれが生じた。よって神地百刈りを無税とした。


(別説)
 牛首(石川県白峰村)に面打ちの職人がいた。ある時、精魂こめて打ちこんだところ、出来た面に魂が移り、夜になるとゲラゲラ笑って出歩くので、気味悪くなり、滝波川へ捨てた。滝波の多田太治右衛門がこれを拾った。

越前若狭の伝説

 

御開帳は午前10時からとのことでしたが、もうぎりぎりで入ると。

まさにその御開帳の最中でした。

(※後に説明しますが、写真許可済です。)

 

順番に前に出てお参りします。

最初は、名前を呼ばれた方々が順番に前に出てお参りして、そのあと一般の人が自由にお参りするという感じでした。

 

地区外の人もこのやり方で自由にお参りできます。

 

そんなわけで、隅っこで写真を撮っていると・・・。

「そんな隅っこにえんともっと前行って近くで撮ってこればいい」

「気が済むまで撮ればいい」

と声をかけていただけました。

 

本当にありがたいことで・・・、感謝なのです。

うぅ・・・、ありがたやありがたや・・・。

 

一連のお参りの仕方も間近で。

 

 

 

 

時間が経つにつれて、会場がどんどん自由なムードになっていきます。

 

そんな感じで撮らせていただいて、隅へ戻っていきました。

すると、係の人が「どうぞ」と焼き芋を渡してくださいまして、

感謝。

 

その次に、豚汁までいただいて・・・。

「そこ座って食べてください」と・・・。

これはもっと後に撮った写真ですが、こんな感じでもう溶け込んでいました。

その後、写真でもわかる通り、焼き芋や豚汁どころではなくなり、それすらも

「遠慮したらあかん」

といってくださって・・・、

 

 

なんて手厚く、寛大で、友好的な方々なんだ・・・。

なんていいところなんだ・・・。

と、感動。

 

席の周りの人は話しかけてくださるし、なので凄い盛り上がるのです。温かいのです。

感極まって少しぼーっとしてしまいました。

この感じ・・・、なつかしい・・・。しばらく忘れていました、こんな温かい場所。

 

 

 

そんな感じで、しばらく地元の人と話していると、

「午後からの名替と転入の式もあるで、最後まで見ていってほしい」

と言ってくださって、もう最後までいないという選択肢はないやろということで、最後までいることを決意いたしました。

新たに席が増設され、式が始まりました。

 

ここでもお許しをいただいて・・・。

間近で見させていただけました。

 

途中、間間に唄(謡曲)が入ります。

本格的な儀式です。

 

そして、「お面さん祭り」すべての式が終了です。

 

この場に参加できて、本当によかった。

ちなみにこういった説明や資料も展示してありました。

本当に手厚い。

 

 

いや~、本当にいい空間でしたね。

人は親切だし。

お面さんもいっぱい写真撮らせてくれてありがとうございました。

では、これにて。

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