勝山市 北谷町谷のお面さん祭り 2月15日 「午前の部、集落散策」

2月15日。

松山市北谷町谷。

お面さん祭りが行われました。

谷のお面さん祭り、自分情弱なもので、何時から始まるのか全く分からなかったので、とりあえず午前9時に到着しました。

 

福井一の豪雪地帯と言われる北谷町ですが、今年は本当に雪がない。

2月ですよ?一番雪が降るはずの時期なのに・・・。

 

でも、しっかり雪だるまは作ってあります。

 

「谷のお面様祭り」

 毎年二月十六日に区長宅で区民に拝観させ、おさいせんを上げておみきを出す。お面は四つとも金屏風にかけ、その前に三宝の上に酒を徳利に入れて並べておく。面は天文七年の刻みといわれ、もと一四面あったが、平泉寺僧兵がきて七面を持って行った。その後、丹波から来た乳母が三面盗んで行き、残りがこの四面といわれる。一説によると、面は泰澄大師の作で七面あったうち柴田勝家に三面を焼かれたともいう。この日は谷のいんねんにあたる。区長宅で午後、青年は変装してお神楽の用意をして伊良神社の境内に雪で二間四方位、高さ二尺ほどの壇を作りその上にむしろを敷いてお神楽を舞う。はやしは、つつみ太鼓と笛である。その後、赤色の帷子(かたびら)高鳥帽子姿のお稚児さん(男子一人)が三番そうを舞う。舞は片足をあげて舞う。むかし柴田監物が、谷の大西宗左衛門に、北谷小学校付近の小丘の南側で、最初のひと突きで馬の足を刺され、馬が足をあげたため監物は打たれたという。この所が殿切原といい、稚児の舞ともいう。片足をあげて舞うのは、この伝説から出たといわれる。

『勝山市史 第一巻・風土と歴史』

 

まあ、ちょっと私が知っている言い伝えとは違いますし、滝波側との言い伝えとも違いますけど、こういう祭りにはいろいろな説がありますよね。

ちなみに、私が聞いたのは、

・面は元平泉寺の物で、平泉寺焼き討ちの際の戦利品で七面あった。

・別の集落の人がそれを持っていたが、子供が面をおもちゃにして遊んでいたところ、火事や病気が多発して、気味が悪くなって滝波川へ捨てた。それを拾った。

・柴田義宣(監物)を討ったのは、西脇惣左衛門(大西宗左衛門と同一?)。

 

ここはお寺です。

 

この中からたくさんの人の声が聞こえてくるので入ってみましょうかね。

 

おお!囲炉裏じゃないですか!!

稼働してるところ始めて見ました。

 

ていうか、人多いですね。山奥の集落と言えど、伝統的な祭りには人が集まるのです。

 

午前9時・・・。まだお面さんは御開帳されていないようです。

前回は滝波のお面さんを見てきましたが、今回はどのようなお顔なのでしょう。伝承では、谷と滝波のお面さんは平泉寺にあった7つのお面として伝わっていますが・・・、一緒な感じなんでしょうかね?

そんなことを、囲炉裏で暖まりながら考えていました。

 

 

準備をしている人に、お面さん祭りの時間を聞きました。

午前11時から御開帳、午後1時にお宮さん(伊良神社)の方で神事、午後5時にお寺の方で一番賑やかになる宴、だそうです。

まだ2時間も時間が空いているので、集落を見回ることにしましょう。

 

 

集落のバス停のある交差点。

そこを住宅が立ち並ぶ上の道を行きましょう。

 

土台が昔ながらの石垣なのです・・・。

 

これは・・・鎖ですが、おそらく滑り止めでしょうね。

というか、ずっと水が流れてきているんですが、融雪用なのでしょうけど、そんな装置があるわけじゃないのにどこから。

 

奥のほうまで行くと、融雪用の水もなくなり、雪が残り始めました。

 

結構登ってきましたね・・・。

 

と、観光用の看板が。

 

「炭のみち」だそうです。

ここからですね。山道になるようです。

その傍らにまだ先に行ける道があるようですが、家ももうなく、舗装もされていないので、ここまでのようです。では下りましょう。

 

 

これ、登ってくるとき気づかなかったですが、ここから水が出ているのですね。

道路わきの水路をふさいで、わざと氾濫させて、道に水を流しているのです。すごいですね。知恵ですね。

融雪装置に頼る必要などないようです。

 


メイン通りまで下りてきまして、村の神社の方へ行きたいと思います。

藁。

ここもずっと雪だるまがあるみたいです。

 

伊良神社。

のちに「名所、旧跡、伝説の部」で詳しく紹介しますが、この伊良神社はもと谷城だったのです。要は城跡です。

ちゃんと標柱も立っております。

 

いま、雪だるま製作中のようです。

 


↑の写真たちは「名所、旧跡、伝説の部」で紹介します。


 

これまた昔ながらの家。

この奥も行きましたが、それも「名所、旧跡、伝説の部」で。

 

 

では、そろそろ戻りましょうかね。

お?

なにやら若い人たちが雪だるま製作中のようです。この人たちは・・・?

 

まあいいや、とりあえず戻ろう。

 

って、えぇ!!

お面さんもう御開帳されてるやん!!

まだ、あと10分あるはずなんだが・・・。

 

イレギュラーがあったのです。何がとは言いませんが。というか言えませんが。(悪いことじゃないとだけ。)

まあ、こういうこともあるさ。

 

 

そんなわけで、ごあいさつです。

お参りして、お顔拝見!

おぉ・・・、ありがたやありがたや・・・。

 

んー?

こう、なんて言いますか、だいぶ滝波の方とはお顔が違うような・・・。

いや、どっちが良い悪いとかではなくて、純粋にお顔の雰囲気だったり、質感だったり・・・。気のせいですかね・・・?

 

ただ、これは家に帰った後に調べたんですが、翁の面には下顎が切り離してある「切り顎」というものが存在しており、そのせいで違うように見えているのではないか?という持論も展開。

そう考えると、翁の面だけ滝波まで流れていっちゃったんですね・・・。

 

時間が経つにつれ、さっきの若い人たちも集まってきました。

どうやら、これから食事のようです。昼食ですね。

 

写真いっぱい撮るゾ。

と、カメラを構えていたら。

「座って座って」

と、声をかけていただきまして、

ご馳走になったのです。

 

なんと、親切か!!

滝波のときもそうだったけど、なんて親切に、手厚く歓迎してくださるのでしょう!!

本当にありがたい・・・。

 

あと、上の写真の食べ物全部周辺で春に採れたもので、このお面さん祭りのために保存して、奥様方が用意してくださった料理らしいです。

 

 

 

 

区長さんから。

この食事の後、お宮さんの方で神事があるので、そちらへ行ってくださいとのこと。

あと、あの若い人たちは県外の大学生で手伝いに来てくれているらしいです。いいですね、そういうの。

 

 

とりあえず、ここまでで午前の部にしておきましょう。いったん終了。

午前の部は↓   「名所、旧跡、伝説の部」は↓ 午前の部では、昼食が終わったところなので、これか...

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