福井市 橋北、神明神社境内社の伝説「ねこ塚」

伝説を求めて西へ東へ。(ほとんど福井県)

今回もそんな伝説を求めてまいりました。

 

そんなわけで来ました。宝永地区。まちなかだ。

そのまちなかにたたずむ大きな神社。神明神社。

 

もの凄い立派です。

まあ、城下町ですが、それでも現代のまちなかにこうやって鎮座しているのはすごいです。

 

なんせ、神明神社ホームページによると、

「日本の代表的名社として神社本庁の別表に掲げる神社とされている。」

らしいです。

 

歴史もあるそうですが、詳しい説明はこの神明神社のホームページがありますので、そちらの方で見てください。ここでは書けない。(内容が多すぎて)

あと、現地にも説明板があるのでそこにも書いてあります。

 

平重盛、朝倉、柴田勝家も関わっているそうですよ。

 

ブライダルまであるのか・・・。

舞台?みたいなのまでついてるよ。

 

裏門。

 

建物は新しいですよね。現地の説明板によると、

「往古は古木老杉生い繁る古社であったが昭和二十年七月戦火の為建物樹木一切焼失した」

とありました。

 

戦争ってもんは文化や自然の遺産まで消し去る最悪なもんです。本当。

 

 

 

まあ、とりあえず詳しい説明は神明神社のホームページや現地のほうで。


それでですね。今回のメインの目的はこの神明神社の境内にある、

「ねこ塚」

という場所で、これが本題。私の求める

伝説

なのです。

 

伝説「ねこ塚」

 神明神社の境内に袋羽明神(ほろはみょうじん)という小さなお堂がある。俗にねこ塚といい、ねこの絵をかいた額がいくつもかけてある。このお宮は、子どもの夜泣きを止めるのに霊験があるというので、母親たちがお参りをして、ねこの絵馬を奉納する。
 昔、神明神社の近くに(今メンジスト教会のあるあたりだという。)川澄角平(かわずみかくべい)という片目の武士が住んでいた。あるとき江戸勤務になり、妻女のみが福井で留守をしていた。
 ある夜、しきりに門をたたく者がいるので、下男が出てみると、角平が帰ってきたのだった。主君の命令でごく内密に戻ってきたのであるから、親類や近所の人にも知らせてはならぬという。ちょうどこい(鯉)のもらったのがあったので、妻女はこいを料理して食べさせた。給仕をしながら夫の顔を見ると、角平は右目がつぶれているのに、この男は左めくらである。これは怪しいと思い、召使いにささやいて、ひそかに弟を呼びやった。その様子をさとって、男は逃げていった。これは、こいを食べようと思ってたぬきが化けてきたのだった。

 ところがその後承応元年(1653ごろ)に、今度は妻女がふたりになった。医者は、これは離魂病というものだといったが、どちらが本物か区別がつかない。ふたりとも殺してしまおうかとも思ったが、世間のあざけりを受けそうなので、それもできず、どうのもしようもなかった。
 そこで彼は、関東の結城から袋羽大権現を勧請(かんじょう、神霊を分けてもってくること)して、妖怪の正体がわかるように祈った。秋も半ばを過ぎたころ、人が手にびんを持ってきて、自分の前に置いた夢を見た。なんとなく心うれしいので、翌日、今夜は十六夜の月をながめようと、昼のうちから酒宴を開いて、ふたりの妻女と歌ったり笑ったりしていた。するとハエが群り飛んできて、ひとりの妻女の耳にとまった。妻女は耳をひりひりと動かした。角平はこれを見て気づき、次の間へ行き、そこから弓をとって、彼女の首の骨を射抜いた。正体を見ると大きなねこだった。床の下をしらべると、鳥や獣の骨がいっぱいあった。
 そのとき勧請した袋羽大権現が、今の猫塚である。

越前若狭の伝説

 

長い・・・。

でも面白い。少しかわいそう。

 

探しましたが、ちゃんと見つけましたよ。

 

合祭殿の中に、「衣羽大神」とあります。

 

「猫塚さん」と書いてありました。ここです。

伝説のおネコ様。ありがたや。

 

ちゃんと説明もありました。

夜泣きに効く神様なんですね。

 

?説明と伝説には「袋羽」、社標には「衣羽」となっていますが、なぜなんでしょう。わかんないです。

 

おネコ様の絵馬とな。

 

おネコ様のおみくじに。

 

おネコ様の絵馬まで。

おネコ様尽くしです。

 

もちろんその他、合祭殿の恵比須さんとお稲荷さんのおみくじと絵馬もありました

 


じゃあ、無事おネコ様を見つけられたことですし、せっかく来たんで神明神社境内を見てまわりましょう。

 

 

まず、おネコ様の合祭殿の横にあったのが、

太子堂

聖徳太子を祭っているのです。

 

ホームページによると、

「聖徳太子の偉徳を敬慕する人々によって明治34年平岡山に建立されたが、昭和26年春に当神社に移築された。」

なんと、前行った平岡山ですか。元はあそこにあったんですねぇ。

 


針塚

そう、針塚です。


御砂、御石

お祓いや儀式に使う御砂、御石です。

赤子の歯固めに御石。土地のお祓いに御砂だそうです。

社務所で受付できるそうですよ。


夫婦和合の石木


あと、これがびっくり

九十九橋橋梁

そう、北は木、南は石でできていたあの九十九橋。その昔の九十九橋の一部がこんなところにあったのです。

柴田勝家の文字も。

 

こりゃあテンション上がるぜ。


公園。

奥に見えるのは裁判所ですね。


 

はい、まあ他にもいろいろあったのですけど、それは現地でということで。

とりあえず、我が目的「ねこ塚」さんを見つけられたので私は満足です。

 

それではこれにて記録終了。

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