おおい町 名田庄納田終白矢② 土御門(安倍)家「薬師堂、総社」

前↓

今回参りますは、名田庄の納田終です。 その中の「白矢」という集落に参りました。 陰陽師の安倍氏(土御門)が居住していた地である...

前回の加茂神社から、散策開始です。

 

加茂神社前から集落の奥を見ると、

なにやらいい感じの建物があるのです。

 

「薬師堂」

県の指定文化財なのです。

かやぶき屋根のお堂。

スリッパもあって、入ってもいいような感じでしたが、カメムシだらけだったのでやめました。

 

今思えば入っておけばよかったかなと・・・。

 

説明板もあります。

この地に移り住んだ、安倍家に由来するそうです。

 

向かって右には祠。

 

左には「土御門家墓所」へのみち。

この墓地が安倍家の館跡だといいます。

伝説「安倍家」

 名田の庄の上村(今の納田終や坂本付近)には安倍家の領地があった。室町時代の後期になると、京都に戦乱が続いたので、安倍家は若狭へ疎開して安倍有宣、有春、有修という三代の方が約九十年間にわたり名田庄の納田終に居住した。今もそのお墓が納田終のその邸跡といわれている。

越前若狭の伝説

まあ、行かなかったのですが・・・。

あの柵の向こうです。

さすがに、夕方にあの先に行く自信がない。

 

そんなわけで、集落散策に戻るのです。

 

 

南国っぽい木とかやぶき屋根の家。

なんて思って撮りましたが、そうでもないらしいです。

日本でも似たような木が昔からあったらしいね・・・。

 

 

そんなわけで、再び良さそうな場所が現れる。

「土御門総社」とな。

 

地蔵や鳥居だらけ。

 

七福神の石像群。

 

上へあがると。

何とも不思議な空間が広がっています。

さすが安倍家・・・。

 

赤白青黒の4色に鳥居で祭壇?を囲んでいます・・・。

 

何の意味があるのか・・・。

よく見ると、城の鳥居には「白虎神」と書かれています。

 

青の鳥居には「青龍神」

 

はい、察しの通り黒には「玄武神」と書かれていて。

赤は、蜘蛛の巣だらけで行けませんでしたが、たぶん朱雀でしょう。

 

京都の晴明神社にも「四神門」なる門があるので、四神は安倍さんにとって大切だったんですかね。

 

 

白ベースの社と、

黒ベースの社。土台以外黒塗りです・・・。

なんだろね。

 

 

入口から見て反対側には、稲荷らしき神社が。

「葛の葉稲荷」

でました。

伝説中の伝説。

安倍晴明の母親、葛の葉

ここに祭られるとは・・・。

説明も書いてあるの良いですね。

 

絵馬まであるぞ・・・!

しっかり白きつねさんだ・・・。

 

時が経ちすぎた物は、下に落ちて無残に散乱している・・・。


 

そんなわけで、集落散策も終わりです。

史跡の案内板もちゃんとありましたよ。

 

お!

「天社土御門神道本庁」

あるのですね。

 

 

では、そんな感じで納田終白矢の記録終了です。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする