大野市 下若生子、真名峡・銭亀を望む真名川ダムと麻那姫の像

今回は真名川ダムへ。

特に理由はありません。

なんか急に行きたくなったのです。

 

そんな衝動は、時に運も味方につけるのです。

なんと放流していました。

(とか言って、いつもしていたら恥ずかしいけど・・・)

 

ダムって、怖いです。

高所だからですかね。怖いです。

 

怖いです。

 

 

ここから真名峡の美しい景色が見えます。ダムがつくられる前は、もっと長い距離を占めていたそうです。

写真の峡谷がちょっとくねっているあたりが「銭亀」という字名の土地です。

この「銭亀」には以下の伝説が伝わっています。

伝説「ぜにがめ」

 むかし平沢におじいさんとおばあさんが住んでいた。おじいさんは、「なにかうまい金もうけができますように。」と毎日神様にお願いしていた。ある晩のことまくらもとに白い髪の神様が現れ、「この山の頂上に大きなつばきがある。そこを掘れ。掘るまでは、絶対人には言うなよ。」とお告げがあった。
 そこでおじいさんは、「山へ行ってくる。」と告げて、毎日山へ出かけ、大きいつばきの根もとを掘り始めた。しかしたきぎ一束も持って帰らないので、おばあさんは不思議に思っていた。
 おばあさんは、こっそりおじいさんのあとをつけて、何をしているのか確かめることにした。何も知らないおじいさんは、「きょうこそ宝のかめを掘りだしてやる。」と汗を流しながら掘っていると、カチリと音がして、かめが出てきた。これを見ていたおばあさんは、「おじいさん。おじいさん。」と大きな声で出して走ってきた。
 するとどうしたことか、きらきらと光る銭のはいったかめは、大きな音を立てて山の下へころげ落ちてしまった。このかめの落ちた所が、真名峡の銭亀(ぜにがめ)だといわれている。

越前若狭の伝説

という伝説。というか昔話です。

いろんな民話や昔話の本にもみられるお話で、「伝説」よりかは「昔話」として面白おかしい話ジャンルになるのかな。

 

他の本の内容では、「おじいさんの掘った跡が残っている。」という文も最後にあったりします。

 

 

怖い。

 


場所は変わって、麻那姫像の場所へやってきました。

広場になっています。

 

麻那姫像と、麻那姫伝説の説明板です。

 

こちらの麻那姫さんは、

「干ばつの時、大蛇への生贄となって雨を降らせて、村を救った。」

という伝説が残っています。

紅葉の山を前に、背中にはとんぼがたくさん張り付いています。

とんぼにも慕われる麻那姫さん。

 

麻那姫像の後ろは、更に広場になっています。

 

赤と緑のグラデーションがかかった山を望むのです。

 

道を挟んで向こう側にも広場があります。

ダムに沈んだ下若生子のふるさとの碑です。

 

真名川ダムができた発端は昭和40年、奥越豪雨と台風24号が立て続けに襲い広い地域での水害があったこと。

 九頭竜川流域で昭和40年9月に連続して発生した洪水は、明治以降の記録に残る洪水のなかで最大規模のものとなった。九頭竜川流域では、9月8日から18日までの10日間に台風23号、前線による集中豪雨(奥越豪雨)、台風24号と連続して豪雨に見舞われ、記録的な雨量となった。
 9月8日から18日までの九頭竜川流域の被害は、流失した住家が114棟、損壊・床上浸水家屋数が3,467棟、床下浸水家屋数が7,504棟、一般資産等被害額が2,486百万円に及ぶ大災害となった。

『出典:近畿地方整備局 福井河川国道事務所ホームページ』https://www.kkr.mlit.go.jp/fukui/siryou/hen2/syou1/3meiziki2.html

そこから治水の整備が行われるようになったのです。

ダムが完成した後の、福井豪雨では水位を抑えることに効果を発揮したらしいです。


 

では、今回はこれにて。

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