岐阜県 郡上八幡城と人柱「およし」

たまにくる県外の記録です。

 

今回は郡上八幡に参りました。

もう、城の前まで進軍しています。

というか、「もみじまつり」と書いちゃってますね。

そう、去年(2019年)の秋です。

 

 

今回の目的は・・・、

郡上八幡城の人柱伝説

です。

 

「およし」

っていう人らしいのです。

城の上にこのおよしさんを祀っている場所があるらしいので、それが今回の目的地です。

 

 

と、先に調べてその気でいたんですけど、さっきの所から50メートルほど歩いたところで・・・、

いきなりおよしさんの名前が・・・。

 

善光寺さん。

 

なんだか思っていたよりもだいぶ早く会いました。

およし観音堂。およし大明神。人柱およしの祠。

と書いてあります。

間違いないです。しかし、写真で見たのはこんな感じじゃなかったんだがな・・。

 

とりあえず、ご挨拶して城に登るとしましょう。

上にもあるはずなんだよね・・・。

 

 

これがなかなかきついのです。

しかし、伝説の為には登る以外ないのです。

 

ここまで来ました。

 

いざ。

 

ん?あの左のお堂では?

ていうか、「I ♡ GUJO」です。

 

間違いないこれです!

皆さん座っているけど、このお堂がおよしさんが祀られているお堂です!

右の説明板にもちゃんと書いてあるもの!

 

というわけです。(手抜きでごめんなさい)

石運びも手伝って人柱になったのですか・・・。

奥の院。

ここに祀られているのです。

 

 

まあ、人柱の話は全国にありますね。福井にもたくさんあるし。

 

しかし、まあ、なんというか、

人柱って要するに「生き埋め」なんでしょう?

惨すぎるよね・・・。

いやこのおよしさんも、城の為と思っていたか、はたまた想像を絶する絶望と悲しみだったかはわかりませんがね・・・。

いずれにせよこんなことしているのは人間だけですよね。生贄になるために生まれてくる命なんてないのですから。命とは自分のためにあるのですからね。

 

まあ、私そんな立派なこと言えた人間じゃないですけどね。

 

 

 

と、少し重くなってしまったよ。

伝説巡り再開しますえ。

 

 

この郡上八幡城内、カメラOKの看板があったので、念のためさきほどの「I ♡ GUJO」のスタッフに尋ねたところ・・・、

な、なんと・・・!

カメラ撮影OKだということです‼(2019年11月)

やったぜ!

 

 

それをわざわざ尋ねたのには理由がありまして・・・、

展示してあったのですぅ!

およしさんの絵が!

まさか、姿顔を拝見できるとは・・・。

予想外でした。

すばらしい。

 

この展示エリアは「八幡城の伝説」というテーマで展示されているようで。

隣には、もうひとつ「力石 赤髭作兵衛物語」という絵が飾られています。

ちゃんと下に説明と「物語スポット図」なる、伝説の場所がかいてある地図が置いてありました。でも、説明まで写真撮るの悪い気がしたので取っていません。だから、簡単な説明だけ書いておきます。

「力石 赤髭作兵衛物語」  1681年の八幡城の修理の時、350kgの石を運んだ人夫だそうで、殿様に褒められて、倒れて死んだそう。
「人柱およし伝説」  江戸時代、城の修理の時にうまく柱が立たず、人柱を立てることになり、およしが選ばれた。
 長い年月が経ち、石垣からおよしの泣き声が聞こえるようになり、善光寺さんが供養をおこなった。

物語スポット図なる地図

その時の石がすぐそこに祀られているそうなので、あとで見てきましょう。

その石の横におよしさんの供養塔もあるようなので、行きます。

 

今回は城というより、伝説がめいんですからね!

 

 

 

ありました。

右がおよしさん。左が作兵衛の力石。

 

ていうか、ここさっき通ったとこじゃん。

気づかなかったよ。

 

こちらにも、両方に説明が書いてあります。いいね。

 

城の為に尽くした二人。

あくまで今回のメインは伝説です。

 

 

ここで、すごく興味深いものを発見。

およしちゃんです。

 

タペストリー、バッグ、ストラップ、Tシャツ、他多数。

こんなにグッズがあります。

 

なんか問題にもなったようですが、現代風イラストってだけで、けなしているわけじゃないならいいんじゃないですかね。って個人的な感想。

「現代風イラスト=けなしている」ってわけでもないですし。

 

まあ、設定とかが問題なら話は別ですが。

あとは、本人がどう思っているか。

 

およしさんの人柱伝説のことをこれで知った人もいれば、この悲劇が忘れられてしまわないための一つの方法でもあるかもね。

 

まあ、私そんなこと言えた立場じゃないですけどね。


さて、もうひとつ。

さっきの物語スポット図で気になるところがありましたので、行ってみました。

首洗い井戸跡。

もう、名前からしてヤバそうな感じ・・・。

 

慶長の合戦で討ち取られた名のある武士の血や泥で汚れた首がここで洗い清められて、首実検(くびじっけん、討ち取った首がその本人か確かめる検査)に供されたといいます。

そのままでした。

 

ここは現在、駐車場になっていて、普通に人が通っています。

あなたも知らずに通っているかも・・・。


登ってきた道とは違う所から下りてきましたところ、

賽の河原地蔵菩薩。

「一ツつんでは父のため。二ツつんでは母のため。」

 賽の河原とは三途の川の河原のこと。子どもが死ぬと、冥途の途中にこの賽の河原で石を積み、親よりも先に死んだ罪を償う。でも、鬼がやってきてせっかく積み上げた石の塔をぶっ壊してしまう。そして泣きながらまた石を積み上げていく。そんな子供の霊を救ってくれるのがこの地蔵菩薩。

悟竹院さんの前にあります。


 

そんなわけで、下りてきました。

さっきはなぜここに?なんて思って集中できなかったのですが、およしさんを一通り見て、善光寺さんが供養したという話で納得したので、もう一度こちらのおよし観音さんに挨拶して記録終了とします。

では、これにて。

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