若狭町 天徳寺の四国八十八ケ所石仏伝説と水の森、瓜割の滝

ここは、天徳寺。

瓜割の滝は有名でしょう。

 

季節は10月の終わり・・・。クマさんが怖い季節。

今回はそんな瓜割の滝と併せて行きたいところがあるのです。

それが、ここの大字ともなっている「天徳寺」です。

この天徳寺には「四国八十八ケ所石仏」なる霊場があり、それにまつわる伝説も残っているのです。

(人がいるようで良かった)

 

ま、とりあえず先に、王道観光名所の「瓜割の滝」を見に行きますかね。

 

と思ったら、右側に天徳寺さんが現れました。

 

こりゃあ・・・、閉まってるな・・・。

まあ、時間が遅かったから、お寺は閉まるの早いしなぁ。

 

しかし、四国八十八ケ所石仏は別の所にあるようなので、気を落とさずゆくぞ。

 

さて、神域へ。

 

一気に人間の世界から離れた感覚。

 

そして唐突に到着。

 

伝説「瓜割清水」

 天徳寺村の前に森があり、水の森と称す。岩根から泉がわき出て、清く冷たいこと氷のようである。むかし村民がまくわうりを投げ入れたところ、冷たさのため自然に割れた。故にこの名がある。

越前若狭の伝説

 

献水の碑

昭和の皇太子・皇太子妃殿下といえば、今の上皇上皇后両陛下ということですかな。

 

それにしても、写真が下手なのだ。

 

反対側へ渡ってみましょー。

 

すごいぜ・・・。

 

む?四国八十八ケ所霊場の旗だ。

ここから行けるのか?

 

かなり上まであるようですね。

 

 

 

 

 

しかし、行かなかった。

なぜなら。

猿がいたからだ。

 

怖くなって、逃走しました。

 

 

そんなわけで、下まで戻ってきました。

石仏四国八十八ケ所の案内があった方へいきますね。

お、ここは・・・。

 

なんだか。

すごい、荘厳な雰囲気。

人が全然いないから余計に重々しい・・・。

ありました。ここが起点でしょう。

伝説「八十八か所石仏」

 宝きょう山天徳寺の境内の上手に四国八十八か所霊場をかたどった石仏がまつられている。文化のころ(1810ごろ)本如上人がある夜修行をしておられると、天から不思議な声が聞こえて、「この天徳寺本堂の南に当たる白山のふもとに四国八十八か所の石仏をまつる霊場をつくれ。その石仏はもう佐渡の石工に注文して作らせて置いた。」といわれた。上人は感激してその山のふもとへきてみると、非常に美しい適当な場所があった。その晩も前夜と同じ夢を見た。
 その日小浜の荒物屋善右衛門という信心深い男がきたので、上人はそのことを話された。善右衛門はその注文をお受けして直ちに佐渡へ渡った。ところが不思議なことに、善右衛門が佐渡に着くと、もう船場には「若州遠敷郡天徳寺八十八箇所石仏」という立て札が立てられていた。善右衛門が驚いて石工の家へ行き、このことを尋ねると、石工は「去る三月二十一日一人の坊さんが来てこの石仏を注文して行かれたので、その通りにした。」と答えた。善右衛門は天徳寺での上人の夢のお告げの話をすると石工も大いに感じ入って、さっそく八十八体の石仏を渡してくれた。
 海上もつつがなく小浜に着き、善右衛門から上人へ佐渡でのお話をしたが、上人も大層喜び感涙にむせびながら、白山のふもとに開いた霊場にこの石仏を安置した。各石仏の前の地面には丸い穴をあけて四国八十八の霊場から運んだ土が入れてあり、ここを踏めば四国八十八か所へ巡拝したのと同じ功徳(くどく)があるといわれている。

越前若狭の伝説

何も言うことはない。

見たままさ。

現地は素晴らしかったよ。ただ無言で見回った。

おや、「弘誓寺」といえば、以前行った所じゃないですか。

  突然ですが、若狭国へ入りました。 その若狭国らしい寺院が今回訪れた所、 「弘誓寺」であります。   ...

 

弘誓寺の次がここだったんですね。


 

はい、というわけで天徳寺と瓜割の滝でした。

まあ・・・、野生の猿が現れたせいで、四国八十八ケ所霊場は行けず・・・。

少しでも人がいたら行ったけど、八十八ケ所のところには人すらいない。

人よりも猿の方が八十八ケ所巡りしてます・・・。

(最初に人がいて喜んでたのが懐かしい。)

 

では、記録終了。

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