永平寺町 鋳物師の町、旧松岡町の薬師神社周辺

今回は松岡です。

松岡町は古来より鋳物師が多くいたそうで、「芝原の鋳物師」として栄えていました。

現在、それを伝える遺産は少なくなっていますが、町の神社には言い伝えや遺産が残ったりしています。

 

 

そんな感じで、訪れたのが

松岡薬師にある薬師神社

 

「薬師神社」

薬師一(窪)にあり、祭神は少彦名命である。禁裡の御用をつとめていたと云う芝原鋳物師が、古代より崇敬していたと伝える社で、證するかの様に、古木、大木が生い茂り、郷内随一の森厳な社叢が近年まで伝えられていた。また社家に鋳物師職座法の掟文書も伝えられている。
[越前名蹟考]薬師堂
窪の末に有り、本尊泰澄作、木彫薬師如来像、境内大木多し、

『松岡町史 上巻』

ということで、この薬師神社も芝原鋳物師を思わせる名残というわけです。

 

神社の社標ですが、

表には「薬師神社」、裏には「少彦名神社」と書いてあるんですね。

祭神が少彦名命ということで、うらに少彦名神社と書いているのかとも思いましたが、福井神社庁によると、

創立年代不詳。
昭和二十七年二月二十日に神社本庁統理の承認を得て薬師神社と改称した。
昭和四十五年十二月に社殿を修築し、昭和五十年に玉垣を建立して、神域が整備された。
当地は、奈良時代から鋳物師の里で技術練達の師が多かったが、体力の消耗が激しい処から薬師の神を奉祀したという。

『福井神社庁』

ということで、昭和二十七年に名前変えてたんですね。

社標再建の時、少彦名の名も残そうということにしたんですかね。

良いと思うの。

 

 

現在は整備されて、木々はなくなって砂利になっています。

社殿撮り忘れ。ごめんね。ちょっと見きれて左に見えてるけど。

右に祠があるね。

中央:薬師神社。左:書いてない。右:??神社。(風化して崩れている。白山って見えなくもない。違ったらごめんね)

 

 

この地の鋳物師については、南北朝の明徳元年(1390)に、芝原の藤原頼臣渡辺藤兵衛尉家廣が鋳造した梵鐘が、丹生郡越前町血ケ平の浄盛寺にあり、中世に盛んにつくられていたらしいです。『参考:松岡町史』

伝承によっては奈良時代まで遡るともいわれています。

 

まあ、もう少し掘り下げたので、気になったら詳しくは↓へ。

まだないんです・・・。

 

 

そんなかんじで、鋳物師の面影を残す薬師神社でした。

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